Flight to Denmark/Duke Jordan [JAZZ]
前の記事で書いたとおり、3連休のうち2日間をひとりで過ごしていたわけだが、特に月曜日は天気も悪くて寒かったものだから、家から一歩も外に出ずにレコードばかり聴いていた。
暖かい部屋でソファーに腰掛けて、コーヒーを飲みながらゆったりとレコードを聴いていると、昔ちょくちょく行っていたジャズ喫茶を思い出した。
学生時代、とあるジャズ喫茶。。。
学生の頃は、レコードを好きなだけ買うお金も無かったので、400円のコーヒーで大音量でジャズを聴くことができるジャズ喫茶は僕には都合の良い場所だった。僕はコーヒー一杯で、いつもだいたい2時間くらい粘っていた。アルバムなら3枚分くらいか。その2時間の間は雑誌を読みふけったり、大音量で初めて耳にする色々なジャズのアルバムに、静かに時間を忘れて狂喜していたものだ。
そのお店は、スピーカーに向かって並べられたソファーが柔らかくって、照明は明るすぎず暗すぎず。コーヒーを頼むと、マスターかアルバイトらしき男性が静かに運んでくれる、とても居心地のいいお店だった。
なにかかけましょうか?
通い初めてしばらくたったある日のこと。店内に流れていたアルバムの片面の演奏が終わった時に、注文していない二杯目のホットコーヒーを、トンと僕のテーブルに置いて優しい口調でマスターはそう言った。
店内には僕と、もうひとり男性の客がいたはずだが、いつの間にか店を出たようだ。
え?これ頼んでませんけど…?
いいですよ、サービスです。
あ、すみません…ありがとう。
マスターとの初めての会話が、なんかとっても嬉しかったのを覚えている。
しかし、コーヒーはありがたくご馳走になるとして、マスターの問いかけに僕は心底困ってしまった。
明らかに『なにかリクエストある?』と、僕に訊いているのだ。いつもコーヒーだけで粘ってリクエストをしたことがない僕のジャズの好みに興味があったのだろうか?
ジャズを聴き始めてまだ数年。。。知っているアルバムなんてまだ一握りで、名盤解説本の前の方に載っているような超々名盤ばっかりだ。すみません、ぼく初心者なんです(笑)。
たとえば『サキコロ』、『至上の愛』、『Cookin'』、『ワルツ・フォー・デビィ』、『サムシンエルス』…う~ん。ちょっと恥ずかしい(笑)。
どうせなら、このジャズ喫茶のツワモノオヤジをうならせるような渋いリクエストを…なんて考えても、出てくるわけがないのだ。『ジャズ喫茶でリクエストなんて十年早い』と、勝手に思っていたから。。
えー、どうしよう・・・・・
僕が下らない見栄のような感情で、チキンハートを丸出しにして赤面している間、マスターは黙って待っていてくれた。
あ、そうだ。さっきレコード屋で見かけた白いジャケットのレコード。。。僕は思い切って、そのレコードの事を言ってみた。
ミュージシャンもタイトルも判らない。真っ白な雪が振る山の路で、ぽつんと男が佇んでいるジャケット。。。。
マスターは店の奥に引っ込み、ちょっとしてから一枚のレコードを見せてくれた。すげぇ、さすがだ。。。。
しばらくすると、お店に常連らしき男性客がやってきた。
えらく地味なのかかってるなー(笑)…と、ぼそっと言ったのが聞こえたが、実は感想は僕も同じ…
演奏は、とても地味なバラード中心のピアノトリオ。しかしそれは、何故か飽きのこない心がホッとするような演奏だった。まるで温かでまろやかな煎れたてのホットコーヒーのように。。。
A面が終わると、マスターはそのレコードをジャケットにしまい、やがて店内には僕の知らない雄叫びのようなイキの良いテナーサックスが響いた。
店を出る時、ジャケットを見せてもらい、そのピアニストとタイトルを覚えた。
デューク・ジョーダンの『フライト・トゥ・デンマーク』。
あれから20年経った今も、このアルバムが持つ気張らず嫌味のない地味さと温かさは変わらない。
しかし、僕が初めてリクエストしたあのお店は、今はもう無い。
ベストトラック
A-1.No Problem
A-2.Here's That Rainy Day
B-4.Flight to Denmark
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