溢れ出る涙/Roland Kirk [JAZZ]
実は、ローランド・カークの『溢れ出る涙』を聴きながら、ふとあんなことを思った次第。
もしかしたらこのアルバムにはそんな魔力のような何かが仕込まれているのかも知れない。
世界中の全てのミュージシャンが最初はそうだったように、ラサーン・ローランド・カーク(以下ローランド・カーク)も無名時代は世界の隅っこの路上でサックスを吹いていた。ただ神様は時に残酷だ。ローランド・カークは不幸な医療事故により人生のはじまり間もなくして全ての光を失っていたのだ。
ジャケットをひと目見ればわかるとおり、ローランド・カークの外見的な演奏スタイルはかなり奇抜でへんてこりんだ。大きな黒眼鏡をかけ、サックスの一種である管楽器類(マンゼロ、ストリッチ)のマウスピースを同時に三本咥えて吹いている姿はグロテスクであり衝撃的といっていい。サックスなんて一本でも大変なのに。
それだけではない。三本同時に鳴らされる楽器はきちんとハモっていて、時にはフルートを吹き鳴らしながら声も出す、歌う・・・・首からはリコーダーやホイッスルもぶら下げていて合いの手を入れるように鼻で吹く・・・・とにかく絵的にはジャズのダンディズムとは最も遠い位置にあって、見ているだけで肩が凝ってきそうだ。
しかし耳に届く音は、木管楽器が本来生まれ持った優しく空気を揺らすありのままの笛の音色で、時に無邪気すぎるほどに純粋でストレートなのだ。目を閉じて聴くと、この風体が人目を引くためだけの曲芸やパフォーマンスの類でないことはすぐにわかると思う。安穏として聴ける作品でもないが、かといって前衛音楽を聴くようにガチガチに身構えると拍子抜けしてしまうほどピュアな音楽だ。
果てしない暗闇でしかない世界の四方八方から耳に聞こえる音、微かな空気の揺らぎとともに肌から感じる音…そんな両手に持ちきれないほどの『音』を音楽として表現するために、盲目のローランド・カークはストリートに立ち、この演奏スタイルに辿り着いたのだ。
手にする主によって楽器の運命も様々なのだなと僕は思う。
ステージで主とともにスポットライトに輝き、少年たちの憧れの視線と喝采を浴びながらレコードやCDに音を残せる楽器なんてたった一握りにすぎない。
ローランド・カークが主となったサックスやフルートや笛たちも、よもや鼻から吹かれたり体よく改造された挙句に三本同時に吹かれたりするとは思ってもいなかっただろう。
しかし、物置で忘れられ錆び付いてしまった楽器や、ステージで主人の手によって叩き割られ炎で焼かれてしまった楽器よりは、ずっと幸せだったのではないだろうか…と僕は思うのだ。
漆黒のサングラスで覆った目から溢れ出て止まらない涙の一粒一粒は、悔しさであり、絶望であり、孤独であり、不条理であり、コンプレックスであり、そして人種の苦悩であり……そんな涙と引き換えに得た、おそらく22世紀になっても誰にも真似の出来ない強固な個性を、音にして届けるという楽器本来の役割を与えられたのだから。
4.Fingers in the Wind
8.Fly by Night
2.A Laugh for Rory
私は若い頃から、ずっと古いオーソドックスなジャズを聞いてまして、(ぎりぎりエリック・ドルフィ)聞くレパートリー?もあまり変わっていないのですが、まだ出会って数年のローランド・カークはしっかり私のリストの中に入りましたね。
その演奏は今までのジャズとは違うのに、同じスピリットを感じます。
「溢れ出る涙」
by 空兵ーS (2009-07-31 22:38)
空兵ーSさん、こんばんは。
やはりこの見てくれですから、後回しにするというか・・・
初めて聴いたときはかなり警戒たのですが、今ではすっかりお気に入りです。
by なちゃ (2009-08-02 22:31)
niceを下さった皆様、ありがとうございます。
by なちゃ (2009-08-11 21:15)